Carretera Austral(アウストラル街道)走行記 その1

2000年から2001年にかけて旅した南米パタゴニアの旅行記を載せていた

HPのサービスが終了するという事でこちらに移行することにしました。

随分前の話なのですが記録として残しておきます。

当時26歳。この時は悪路走行を踏まえてアルプスのワールドローバーという

MTBの車輪を使った頑丈なキャンピング車をオーダーして臨みました。

最近は随分舗装化が進んだそうですが当時はほぼダート(未舗装)でした。
文章は当時のままですが写真は増やしています。

写真の注釈は当時のものと今のものと混じっています。






2001年1月1日 プエルトモン


21世紀の幕明けはチリ中南部の港町プエルトモン"Puerto Montt"で迎える事となった。

プエルトモンはチリパタゴニアの玄関口となる町である。空港、バスターミナル、フェリーターミナルがあり各方面への発着点となっている。

僕が目指すのはカレテラ・アウストラル。直訳すると南部街道とでもなるだろうか。

正式には国道7号線。ここプエルトモンを起点として南へと続いている。その大半がダートでしかも行き止まり。

チリ側は氷河とフィヨルドで阻まれアルゼンチンに入国しないと陸路では南下できない。

その不便さゆえ南部の都市、プンタアレナスなどに向かう長距離バスもアルゼンチン側の舗装路に迂回して通行しているのだ(もっともその方がずっと早く着く)。

そんな僻地の街道だけに世界中のサイクリストから魅力的なルートとして絶賛されているらしい。

そんな噂話に導かれて僕もこの地にやって来たという訳だ。
プエルトモンに着いたのは昨日の大晦日でここではキャンプ場ではなく宿に泊まることにした。

地球の歩き方にも載っている民宿"Hospedaje Familiar Walglad"で素泊まりで一泊3500ペソ。

南米は宿代が安いので大きな町に着くとオスペダッヘ"Hospedaje"とかレジデンシアル"Residencial"等と呼ばれる民宿に泊まることにしている。
あてがわれた部屋は3階の北側。自転車は1階の裏にある納屋に置かせてもらえる事になった。

部屋のカーテンを開けて外を見るとすぐ裏手から急斜面になり宿のあるアンクー通りは石段になっている。

その一番上に大きな木が一本こんもりと深緑の葉を広げて立ち青い空につながっている。いい景色だ。

夕方、その石段を上がってみた。海が見えその先にこれから向かうパタゴニアの山々が霞んで見える。

その山々の連なりは自転車乗りの心を無償に駆り立てて、「早く走りてーっ!!」と僕の日記にそう書かせた。

しかしまずはこれまでの休息とこれからの情報収集だ。

*1000ペソ≒204円(2001年当時)




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プエルトモンアンクー通りからの眺め。
中央の座った人がいる建物が泊まった宿。




12月31日には旅行代理店で地図を購入。パタゴニア南北を2枚(3500ペソ×2)
この2枚でプエルトモンから最南端のフエゴ島までをカバーしている。
縮尺は100万分の1程度だがこれ以上詳しい地図は現地では手に入らない。
その後フェリーターミナルでフェリーの時刻を確認する。
アウストラル街道でプエルトモンの次の町はチャイテン"Chaiten"なのだがそこへ行くには3通りルートがある。


1. 直接プエルトモンからフェリーで渡る
2. 一旦チロエ島"Chiloe"に行きケジョン"Quellon"からフェリーで渡る
3. アウストラル街道を南下する(フェリー区間が2ヶ所あり)

 

僕は3. を選択した。

深い理由は無いがなるべくアウストラル街道を忠実に走りたかったしフェリーに乗る時間が一番短く安上がりだからである。



翌1月1日はアンヘルモ"Angelmo"漁港にシーフードを食べに行った。

プエルトモンで忘れてならないのがこのアンヘルモ漁港だ。

ここの市場は新鮮な魚介類を激安で食べさせてくれる食堂が軒を連ねている。

普段は殆んど自炊の僕だがここだけは外してはならないと出発前から楽しみにしていたのだ。
昼前に宿を出てのんびりと歩いていく。市場へ入るなり「ウニ!、アワビ!、ショーユ!、ワサビ!!」と客引きの声。

日本語だ。ここでも日本人はお得意様らしい。圧倒されてついそそくさと通り抜けてしまう。苦笑。

また戻るのもなんとなく気まずいので隣接する海上レストランへ行く。

20軒ほどが屋台村の様に並んでいるけど何所が良いかなんて分からないので適当に選んで腰を下ろした。

そこでクラント"Curanto"2500ペソを注文。

『クラント:数種類の貝とジャガイモやソーセージをいっしょに煮込んだポトフのようなもの』地球の歩き方より
はじめは僕の他に老夫婦が一組だけだったがすぐに満席になった。みんな観光客のようだ。

ビールが飲みたかったので聞くとないと言う。ショック。ワインならあると言われ2本の白を持ってくる。

平たいボトルと普通のボトル。うーむフルボトルか。昼からフルボトルはちょっと抵抗があったがまあよかろう。

普通のボトルを頼むとコルクを開けてくれた。グラスとパンが1つ付く。飲むと辛口でよく冷えておりうまい。

しばらくすると料理がきた。

貝はなくジャガイモ1つ、ソーセージ半分、チキンとリブ肉が一片づつにさつま揚げのような練り物2つだ。

えっ?これだけ???。

ふと奥の席で同じくクラントを頼んだ若いカップルの方を見ると貝が山盛りになった皿が…。いつの間にあんなもの頼んだんだ?と思ってると僕の所にもそれがやって来た。

ムール貝とハマグリのような貝の二種類とカップに入った薬味のスープ。なかなかの山盛り具合に周りの客も笑っている。

窓からチリ富士といわれるオソルノ山や道行く人々を眺めながらのんびりとワインを飲みクラントをつまむのはとても良い気分だった。

支払いは5500ペソ。ワインは3000ペソである。誰もチップは置いていないようなので礼を言ってそのまま出る。

ほろ酔いでいい気持ち。またのんびりと宿に帰った。




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泊まった部屋の窓からの眺め。
石段の先の大きな樹が印象深い。

 



翌1月2日も再びアンヘルモへ。この日はウニを食った。

ウニはスペイン語でエリッソ"Erizo"。市場の食堂の女の子の呼び込みに負け一軒目に入る。

直径20㎝位の皿にドーンと生ウニだ。普通はレモンをかけるけど日本人だとショー油とワサビをくれる。

しかしですねえどうも大味で繊細さや舌でとろける感は乏しいような気がする。

でも丼飯にかけて食ったらうまいだろうなあ。

やっぱりアツアツのご飯がほしいぞ!(ちなみに自分で米を炊いて持っていく旅行者もいるそうだ)
その後スーパーマーケットで食料を大量購入。

ショー油、マヨネーズ、米、パスタ、缶詰、サラミ、コーヒー、玉ねぎ、ニンニクなど日持ちするものを中心に買う。

この先まともに買い物できる大きな町は約600km先のコジャイケ"Coihaique"までないからだ。

これらに加えて2リットルのペットボトルを買う。

水を運ぶ用に3リットルのポリタンクを日本から持ってきたが一応追加で2リットル。

自転車に付けた2本のボトルも合わせて計6.5リットル積める計算になる。

これで一日半ぐらいは無補給で走れるだろう。

そういえば先日飲んだ白ワイン、スーパーで970ペソで売っていた。3倍以上とはかなりぼられたなあ。
夜は部屋で食料や装備を改めて4つのサイドバックに振り分けた。

左右のバランスを考えかつ後ろより前を重たくする。

その方が走っていて安定するしタイヤへの負担が少ないからだ。

とはいっても後ろの荷台の上には30リットルのザックを積むので実際は後ろの方がかなり重たくなってしまうのだが。


さあいよいよ明日出発だ。




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アンヘルモ漁港で寛ぐサイクリスト



その2へつづく



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by akunisad | 2018-11-30 21:50 | patagonia アウストラル街道 | Trackback | Comments(0)